焼酎


 日本の焼酎は文献によると約500年前からあったとされ、
 研究者の中には焼酎の“酎”の文字が和名で「濃度の高いも
 の」の意味で、「き」とも読み、ずいぶん古くから日本にも
 蒸留酒が存在した説や、樽型土器が蒸留器であるという説も
 御座います。


 中国語では「焼」は熱を加えるという意味で蒸留酒を「焼酒
 (シャオジュウ)」と表現しています。焼酎の「焼」という文
 字は、モロミを加熱、沸騰させてつくるという蒸留酒の基本
 的な作業をさしています。また「酎」は濃い酒という意味。


 日本では、長い間「焼酒」と「焼酎」が混用されていたよう
 ですが、18世紀頃から「焼酎」という表現が定着したとさ
 れています。一説によると「酒」は中華音で「チュウ」と発
 音されているところから、日本では字義と音訓を混同して使
 われるようになり「焼酎」が定着したのではないかと言われ
 ております。


 漢字を用いる中国や日本に限らず、西欧でも蒸留酒を指す言
 葉に「焼く」という意味の言葉を使う事がよく見られます。
 例えば、ワインの蒸留酒であるブランディは、焼いた、燃や
 したワインという意味の「Burn Wine」が訛ってブランディ
 と呼ばれるようになったとされています。

   日本酒の起源


  酒が米を原料として作られるようになったのは、縄文時代
 以降、弥生時代にかけて水稲農耕が渡来定着した後で、西日
 本の九州、近畿での酒造りがその起源と考えられます。

 この頃は、加熱した穀物を口でよく噛み、唾液の酵素(ジア
 スターゼ)で糖化、野生酵母によって発酵させる「口噛み」
 という、最も原始的な方法を用いていました。酒を造ること
 を「醸す」といいますが、この語源は「噛む」によると考えられ
 ています。

  この「口噛み」の酒は『大隅国風土記』等に明記されてい
 ます。「口噛み」の作業を行うのは巫女に限られており、酒
 造りの仕事の原点は女性からであるということが伺えます。


  奈良時代初期、周の時代の中国で開発された麹による酒造
 りを百済から帰化した“須須許里”(すすこり)が伝承した
 と古事記に記されており、この麹が、“加無太知”(かむた
 ち)と呼ばれています。これにより、米麹による醸造法が普
 及するようになります。

  律令制度が確立され、造酒司(さけのつかさ)という役所
 が設けられ、朝廷のための酒の醸造体制が整えられ、酒造技
 術が一段と進んでいったことがうかがい知れます。

  平安時代初期に編纂された『延喜式』(えんぎしき)に
  は「米」「麹」「水」で酒を仕込む方法、さらにはお
  燗に関する記載がされています。また、この時代から
  発展していったものに「僧坊酒」があり、中世の寺院
  で醸造され、非常に高い評価を受けました。


   鎌倉時代に入ると、朝廷の酒造組織にかわって寺院、
  神社が酒を造るようになり、京都を中心に造り酒屋が
  隆盛し始めます。
   南北朝から室町初期の『御酒之日記』(ごしゅのにっ
  き)によると、麹と蒸米と水を2回に分けて加える段仕
  込みの方法、乳酸醗酵の応用、木炭の使用などが、明
  確に記されおり、この頃に現在の清酒造りの原型がほ
  ぼ整ったことになります。


   16世紀には、奈良で大量生産の先がけとなる十石入
  り仕込み桶が製造され、酒は寺院酒から地酒の時代へ
  と移行し、数々のローカルブランドが誕生。地域間、
  酒質、製造量 の競争は激烈を極め、多様化が促され
  る中で、今日の清酒造りの完全な原型となりました。



  安土桃山時代に入ると、大桶を作る技術の完成によって、
 瓶や壺で少量ずつ仕込んでいた頃よりも、生産量が飛躍的に
 増大し、正に近代清酒工業の基盤が確立されることになって
 来ました。又、この時代には異国文化の到来と共に、蒸留技
 術が伝来し、日本における蒸留酒(焼酎)造りの原形となり
 ました。


  江戸時代初期頃、新酒、間酒(あいざけ)、寒前酒、寒酒、
 春酒と1年間に計5回仕込まれていましたが、中でも冬期に
 おける「寒造り」が最も優れていることが明らかになり、
 優秀な酒造りの技術集団の確保がしやすい時期であることと、
 低温・長期発酵といった醸造条件の上からも重要視されるよ
 うになりました。


  明治時代、新政府の富国強兵策がとられ、国は税金の収集
 を強化し始め、「酒税」もその対象となり、自家醸造が密造と
 され完全に禁止になります。また、それまで木樽や小壺に入
 れ量売りをされていた酒が、明治19年にビン詰めが行われ始
 め、1升びんが開発され、同時期に速醸法が編み出され、国立
 の醸造試験所開設。化学理論が酒の製造に不可欠の要素として
 広く認識されるようになります。


  大正時代に1升ビンが普及し始め、昭和初期に堅型精米機の
 発明、温度管理や微生物の管理が容易なホーロータンクの登
 場、6号酵母の採取、分離、純粋培養といった技術革新が相次
 ぎ、昭和10年頃までに酒造に近代化・効率化を迎えるのに必
 要な計器機器類はほぼ出揃います。


  こうして現在の日本酒が生まれました。正に日本の伝統が
 造り上げたお酒ですね。



お酒の薀蓄です。お時間がありましたらおよみになってください。